京都数え
- 京都五花街
- 祇園甲部
多分、京都の芸妓はん、舞妓はんのイメージが強い一番大きな花街で、風情のある町並みを残してはって一力茶屋で大石内蔵助が遊んだことで有名かもしれまへん。時々近所を歩いてたら芸妓はんや舞妓はんを見かけることができるのはここです
都をどり開期:4月1日〜4月30日 祇園甲部歌舞練場 - 祇園東
もともとは祗園の一部やって明治時代に甲部と分かれ乙部と呼ばれてたんやけど戦後に名前を変えはりました。祗園の下部組織としてちょっとだけ甲部とステイタスの差が出来てしもうたそうです。主な行事として唯一秋興行の祇園をどりを開催しはります。
祇園をどり開期:11月1日〜11月10日 祇園会館 - 上七軒
室町の時に焼けてしもうた北野天満宮を再建した資材の残りで七軒のお茶屋さんを建てたのが由来。京都花街の中で一番古うて由緒、格式ともに高いとされてるんやけど、現在の規模は他とくらべて格段に寂れた感じになってしもてるのです。普段近所を歩いててもほとんど芸妓はんや舞妓はんを見かけることはありまへんけど、夏にビアガーデンを開かはって芸妓はんや舞妓はんがお給仕してくれはります。
北野をどり開期:4月15日〜4月25日 上七軒歌舞練場 - 先斗町
「ぽんとちょう」と呼んでポルトガル語の「先」を意味するポントが語源とされていて正式な町名ではないんやそうですけど、鴨川のすぐ横のものすごく細い路地のような通りの情緒は健在で祗園さんについで有名です。そやけど一筋西側の木屋町通が若いお人らぎょうさんいはってにぎやかになってしもうて治安や景観が悪化してるのが問題です。
鴨川をどり開期:5月1日〜5月24日 先斗町歌舞練場 - 宮川町
祗園の南側一帯のもともと出雲の阿国さんに始まる歌舞伎の小屋などが発祥で最初は若い歌舞伎少年が接待したはって「陰間」とか呼ばれてたんですがあとから形態が変わって正式に花街に認可されたんです。昭和の時代まで遊廓であって今でも建物が残ってるんやとか。ここだけおどりの表記が違うんです。
京おどり開期(ここだけおどりの表記が違うんです):4月の第1土曜日から第3日曜日まで 宮川町歌舞練場
花街は「かがい」と読むのがホンマらしいんですけど、私らは「はなまち」とずっと読んできました。
中国発祥の「花街柳巷(かがいりゅうこう)」から由来したんやそうで、日本で最初の廓の島原を入れて元々は六花街やったんですけど、島原には茶屋がなくなってしもうて五花街となりました。
